イギリスにおける火災リスクアセスメントの義務化が火災死者数の低下にどのように寄与したか
以前の記事の中で紹介したとおり、イギリスにおける火災による死者数は日本と比較して少ないことがわかっています。
この理由としてイギリスでは、火災リスクアセスメントが法律で義務付けられており、この取り組みが火災による死者数の減少につながっているのではないかと考え、その取り組みについて紹介します。
目次
- 火災リスクアセスメントとは
- イギリスにおける火災リスクアセスメントの歴史
- 義務化による影響
- 火災死者数の減少に寄与する要因
- 今後の展望
- 最後に
1. 火災リスクアセスメントとは
火災リスクアセスメントは、建物や施設で火災が発生するリスクを評価し、火災の発生を防ぐための対策を立てるプロセスです。これには、火災の発生原因の特定、火災の影響を低減する対策の策定、適切な訓練や緊急時の対応策の準備が含まれます。
具体的な手法については別の記事で記載予定ですが、火災による被害のひどさと発生確率の組み合わせからリスクの程度を建物関係者が自ら把握し、具体的な火災予防につなげようという取り組みです。
安全に関する国際標準の手法であるリスクアセスメントにより火災の予防を推進しようというものです。
2. イギリスにおける火災リスクアセスメントの歴史
イギリスにおける消防法の歴史は古く、1666年のロンドン大火をきっかけに、初めて消防規則が設けられました。その後、19世紀に入ると、人々の暮らしや産業が急速に変化する中で、火災予防の重要性が増し、多くの法律が制定されました。
そして、20世紀に入ると、Fire Precautions Act 1971が導入されました。この法律は、特定の建物について、火災予防の計画を策定し、火災リスクを管理することを義務付けていました。その後、Fire Precautions (Amendment) Regulations 1999が導入され、消防検査の対象が拡大されました。
この時代、イギリスでは現在の日本の消防法と同様に、建築物に対して消防署などが検査を実施し「防火安全証明書」を発行していました。
しかし、これらの法律は建物の種類や規模、ビジネス環境の変化に対応することができず、火災予防の観点から十分な保護を提供することができませんでした。
このような背景と規制緩和の流れもあり、イギリス政府は、より包括的かつ現代的なアプローチを取る消防法律の導入を検討することを目的に、2005年にRegulatory Reform (Fire Safety) Order 2005 (RRFSO)を施行しました。
この法律の施行により、消防行政による検査と防火安全証明書発行の制度は廃止され、建物所有者や事業者は、自ら火災リスクアセスメントを定期的に実施し、適切な予防措置を講じることが求められるようになりました。
建物の所有者や管理者に対して、火災リスクアセスメントを実施することを義務付けることで、より効果的な火災予防を実現することを目的として、「事前規制型」から「事後規制型」へ転換がなされたのです。
3. 義務化による影響
RRFSOの施行により、イギリスの建物所有者や事業者は、火災リスクアセスメントを実施することが義務付けられました。
火災リスクアセスメントを実施せず重大な火災リスクを放置したとみなされた場合、事業者は無制限の罰金と2年以下の懲役刑が科されることとなっています。
これにより、事業者の火災予防に対する意識が高まり、火災の発生リスクが低減されることが期待されています。
消防行政による査察は、建物自体の検査をするのではなく、火災リスクアセスメントの実施の有無やその妥当性について確認を行うというものになりました。
4. 火災死者数の減少に寄与する要因
火災リスクアセスメントの義務化により、以下の要因が火災死者数の減少に寄与しています。
- リスクの特定と評価:火災リスクアセスメントにより、火災の発生原因が特定され、リスクが評価されます。これにより、適切な予防策が講じられ、火災の発生確率が低減されます。
- 適切な予防措置の実施: 火災リスクアセスメントを通じて、適切な予防措置が特定され、実施されます。これにより、火災が発生した場合の被害を最小限に抑えることができます。
- 教育と訓練: 火災リスクアセスメントは、従業員や利用者に対する教育や訓練の重要性を認識させ、緊急時の対応策を計画します。これにより、火災が発生した際の適切な対応が行われることになります。
5. 今後の展望
火災リスクアセスメントの義務化は、イギリスにおける火災死者数の減少に寄与しています。しかし、引き続き火災の発生を防ぐための取り組みが重要です。今後は、新しい技術や設備の導入、予防策の改善、従業員や利用者への教育の充実が求められます。また、火災リスクアセスメントの実施や遵守を監督するための法的な枠組みの強化も重要となります。
イギリスにおける火災リスクアセスメントの義務化は、火災死者数の減少に寄与しているだけでなく、火災による財産損失や経済的影響も低減しています。このような取り組みは、他の国々にも参考となるべき事例であり、世界中で火災リスクアセスメントの重要性が認識されることが望まれます。
6.最後に
労働安全の領域では日本でも義務化されたリスクアセスメントですが、消防法においてもこの考えを導入し、事業者自らリスクを把握し対策を講じるという当たり前のことを強調することにより、火災の発生や火災による死者の減少につながると考えられます。
日本ではまだ一般的ではないこの火災リスクアセスメントについて、私たちは日本への普及を図るべく今後も研究、普及活動を推進していきます。